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2016年7月30日土曜日

【関心空間アーカイブ】非戦童話「二本山の兄弟犬。」

二本山の兄弟犬。


 二本山というところに、仲のいい兄弟の里犬がおりました。

 二匹には年老いた父母と、体の不自由な祖父母、そして兄さん犬の連れ合いの優しいねえさん犬と、二匹のかわいい子犬が家族におりました。そして兄弟の父犬が体を壊してからというものの、兄犬が兵隊に入って家族を養っておりました。暮らしは楽ではないものの、仲良くつつましくやっておりました。

 ところがある日、兄さん犬が茨草というところに兵隊に遣られることになりました。二本山は昔雨山との戦争で大きな雨山の山犬たちに負かされて以来、雨山の犬たちに「もう他のところに兵隊を遣りません」と決まりをして、自分たちももう戦争をして同胞を亡くすのはいやだ、と二本山の兵隊は二本山の里だけを守って、ずっと戦争をしないできたのです。

 それなのに、雨山のぜいたく犬たちが「俺たちのおかげでお前たちはぬくぬくと暮らしているのだ、どうだ、そろそろ金ばかりではなく、二本山の兵隊を雨山の兵隊の手伝いに寄越さないか。それが一流の里の務めというものだ。」と言われて、「ああ、そうですね、お金ばかりでは良くありません。兵隊を遣りましょう、それが二本山が一流の里になるため、犬社会のためです。」と二本山のさとおさはふたつへんじで言ってしまったのでした。昔戦争で何千もの兵隊や子供が死んで何千もの親が苦しい思いをしたことなど、まるでさっぱり忘れてしまったようでした。

 弟犬は兄犬が雨山の兵隊犬と一緒にいて、茨草の里犬に憎まれ、殺されるかも知れないと思うと大変苦しく思いました。にいさんは人から恨まれるようなことは何もしていない、ただ、二本山の里が平和でいられるように、よそから来た兵隊たちを、みんなが寝静まっている間に何度も追い返してきた。昼間には苦しい訓練を何回も続けている。それなのに、何十年も平和だったせいで、二本山の里犬の中には「二本山の兵隊はほかのちゃんとしたところにもつとめられない、はんぱものばかりだ。どうせ普段ろくな仕事をしていないのだから、戦争に行って死ぬのが二本山の里のためになるのさ」と、すっかり雨山の兵隊にばかり守ってもらっているつもりで、弟犬に「にいさんに二本山のために死ぬつもりがないのなら兵隊なぞやめるといい。」とひどいことを言うものもいる。弟犬は悔しいのと悲しいので胸が張り裂けるような気持ちになるのでした。

 それでも弟犬はなんとか兄犬を兵隊に遣りたくないと、二本山の神様のところに自分が代わりに行けないものかお願いをしに行くことにしました。二本山の里の真ん中の大きな沼のほとりに、神様のお社はありました。寒くて暗い夜道をえっちらおっちら遠い道をやっとたどり着くと、弟犬は
 「神様、どうかにいさんの代わりに僕を戦争に遣ってください。にいさんにはねえさんも子供もいます、ぼくはどうなっても構いません。どうかどうか、二本山のさとおさに言ってお聞かせください」
 とお願いしました。神様は
 「ああ、お前のにいさんたち兵隊犬は大変気の毒だ、 しかし、にいさんたちは日ごろから訓練をして、雨山の兵隊にも役に立つから連れて行かれるのだよ、てっぽうをもったことのないようなお前など行って代わりになるものではない。
 前の戦争では私の名前のために、何千という里犬が無駄死にした、だから私は二本山の里で決まったことにはもう口を出さないことに決めたのだ。気の毒だが、どうしようもない。
 それからね、お前、じぶんはどうなってもいいなど、言うものじゃない、かあさんやとうさんが悲しむだろう。さあ、家族のものが心配するから、お帰り、早くお行き。」
 と大層優しく答えてくれたのですが、弟犬はすっかり気落ちして、尾っぽを股の間にはさんで神様の前から退座しました。帰りがて、夜のおそらを見上げますと、まんまるのお月様がこうこうと辺りを照らしています。弟犬は寂しい気持ちになって、「あおー」とお月様に向かってひとつ長鳴きいたしました。


 すると、あちらこちらから、同じような悲しい長鳴きが聞こえてまいります。弟犬には、茨草の里からのようにも聞こえましたし、同じように家族を兵隊に遣らなければならないものの鳴き声のようにも聞こえました。

 とぼとぼと道を歩いていく間、弟犬はさまざまなことを考えごとをしました。茨草の里で今、里犬たちが大変な苦労をしていることは、ときおり茨草に食べ物や薬を持っていく親切な二本山の犬たちから聞いています。茨草では水もでんきも止まっていて、悪い食べ物でおなかを壊すものがたくさんいます。周りには、鉄砲をもった雨山や他の兵隊たちが囲んでいて、子犬たちが間違ってやられたりもします。そして、雨山の兵隊が使った毒の爆弾のせいで、悪いできものができて日に何十匹、それ以上の大人や子供の犬が、ころころと死んでいくのです。こういう不憫な茨草の里犬たちに送られてきた食べ物や薬を、雨山の兵隊たちが横取りすることもあるようなのでした。

 もっとも、雨山の兵隊犬たちもそんなことを喜んでやっているわけではありません。茨草の里犬たちから憎まれて、いつてっぽうで撃たれるかもわからないので、びくびくおびえて間違えて子犬を撃ったりするのです。自分がしてしまったことのおそろしいのに耐えられなくて、泣いてしまう兵隊もいるようでした。そして、毒の爆弾は茨草の人たちだけでなく、雨山の兵隊たちにも悪いできものをこしらえたり、雨山の兵隊が里へ帰ったあと、産まれた子犬が病気にかかったりしているのです。

 ああ、本当は別々の場所で、それぞれにしあわせになるはずだった里犬や兵隊が、憎みあっててっぽうを向け合っている。それもこれも死んでいったり、傷ついたりするものの心を分からないものたちが決めてそうしてしまったことだ。来月にはにいさんが兵隊に遣られて、茨草の人たちに憎まれ、てっぽうを向けられているかもしれない、にいさんが間違って子犬を殺すことがあるかもしれない、それはどんなに優しい兄さんを苦しめるだろう。たかだか一流の里のたしなみというもののせいで、今度はにいさんが憎んだり憎まれたりするのだ、そして自分にはどうしようもない、この里の犬たちには自分たちが雨山から守られていくために、それは仕方がないのだとわけもなくいうものもいる、どうしてこんなことになってしまったのだろう。まえは二本山の犬はよそに兵隊を遣らない、お金や食べ物ばかりを送る親切な犬だと狙われないできたのに、明日にも二本山の犬ということで殺されるものが出てくるかもしれないのだ、雨山の言うことをきかないのと、どっちが危ないのかわかったものじゃない、そのうち二本山の里も他の里に狙われて、茨草の里のように子犬たちがころころ死んでいくのだろうか。弟犬は溢れてくる涙をぼたぼたと道に落としました。

 うちについてすぐ、弟犬は便箋とペンを引き出しから取り出し、二本山のさとおさに宛てて手紙を書き始めました。茨草の里犬たちは本当は兵隊ではなく、水道を直す道具だの、電気を直す技術者だの、病気を治す薬を欲しがっているのだ、と聞いたからです。

 「二本山のさとおさ様、こんど茨草にやる兵隊には、身を守る武器はもちろん大切ですが、ほんとうに茨草の犬のためになるようなものをいっしょにたくさん持たせてください。毒の爆弾にやられないように、ヨードも沢山持たせてください、それと、雨山の兵隊とあまり一緒にいないようにしてください、できたら、戦闘服も雨山の兵隊と違うものを着せてください・・・・・」

 ここまで書いて、弟犬は雨山のさとおさと並んでにやにやしている二本山のさとおさを思い出し、(今の二本山のさとおさはこんなことを書いても聞いてくれないかもしれない)と思いました。なんだか弟犬には今の二本山のさとおさがおもしろおかしく兵隊を茨草へ遣るような気がしてならなかったのです。

 (昔の二本山のさとおさは、「ほかの里のものを傷つけたら、ほかの里から恨まれて二本山の里の犬が狙われる。だから決して他の里のものをきずつけてはならないぞ」と言っていた、それでにいさんたち兵隊は他の里のものを傷つけないように気をつけておいはらってきた、たいほうをいっぱつずどんとやってしまえば簡単だったのに、難儀して追い払ったためにおおけがをしたものだっている。)

 弟犬は前足ですっかり顔を隠して(どうしたら、にいさんたち二本山の兵隊犬が茨草の犬たちに狙われずにすむだろう)と懸命に考えました。すると、にいさんがこんなことを言っていたのを思い出しました。

 (なに、昔は必死で隣の里の兵隊を追い払っていたけれど、あんまり頻繁に顔をあわせていたものだから、そのうちお互い知り合いのようになってしまってね。こちらが出掛けていくと、待っていたようにかえっていくのさ。このあいだなど立ち止まってこちらを向いて尻尾を振ってね、「きみたち、今日はずいぶん遅かったねえ、夜露が身にしみるから、もっと早くきてくれなくちゃ困るよ」なんてこちらのお里言葉でいうものだから、びっくりした。「ああ、すまない今日は路が凍って出遅れた。こんどはもっと早く来るよ」といったら、にこにこして帰っていったよ。)

 そんなのんきな隣の里の兵隊犬の話を、にいさんはしたのでした。にいさんがこっそり隣の里のおさと言葉を勉強していることを、弟犬は知っていました。

 (相手が兵隊なら、お互い他の里の兵隊が自分の里に攻めてこやしないかと、自分の里を守るために見張っているのだから、そうこわくはないさ。ほんとうにこわいのは、自分がおもしろおかしく暮らすために、犬が死んだり苦しんだりするのを、なんとも思わなくなってしまった連中さ。犬を殺す恐ろしいものや、犬の心をおかしくする薬を、二本山の里へ持ってくるやつらさ。)

 にいさんはそんなことを言って鼻づらをゆがめたこともありました。(自分がおもしろおかしく暮らせるなら、兵隊の命なぞなくなってもなんとも思わなくなってしまった二本山の犬の心もおそろしい)そう弟犬は思いました。

 (やはり、相手のてっぽうを下げさせることができるのは、お互いよく知り合うことだ、でも、どうしたらいいだろう)

そう考えた弟犬は今まで書いていたのとは別の便箋を引き出しから取り出すと、いろいろ思案しながら一生懸命書き始めました。

 「茨草のみなさま、こんにちは。僕は二本山の里犬です。このたび、ぼくのにいさんたち二本山の兵隊が茨草のみなさんのところに遣られることになりました。ぼくのにいさんには、左半身の不自由な祖母と、前の戦争で肺をかたいっぽ取られた祖父と、胃がんで胃がほとんど無くなった父と、働きづめで疲れた母と、妻と幼い子供二人がいます。けして暮らしは楽でありません。二本山の兵隊にはこういった苦しい事情で兵隊になるものが多いと思います。てっぽうを撃っておもしろおかしく人を傷つけて喜ぶものなどおりません。

 二本山は、前の戦争でよそに兵隊を遣らないことに決めて、もう何十年も過ぎました。でも、このたび二本山のさとおさは「戦争に遣るのではない、茨草の人たちを助けるためだ」と言って行く事になりました。ぼくは「ほんとうに茨草の犬を助けるつもりなら、てっぽうやたいほうよりも茨草の犬が必要なものを持っていくべきだ」とむらおさに手紙を送るつもりです。お願いです、にいさんたちをてっぽうで脅さないでください、にいさんたちはてっぽうこそぶら下げているかもしれないですが、一度も犬に向けてそれを撃ったことが無いのです。てっぽうを向けられたら恐ろしくて、間違って子犬を撃つかもしれません。どうか脅かさないでください。

 雨山の兵隊と一緒にいて、あなたたちを傷つけるかもしれないてっぽうやたいほうを運ばされているかもしれませんが、二本山の犬は隣の里のたいほうに狙われていて、雨山の機嫌を損ねると、隣の里に襲われる、と二本山のさとおさが言ったからです。いわば、家族や里を雨山に人質に取られて、しょうがなしに運ぶのです。どうかどうか、お許しください。

 二本山の兵隊や、里犬を憎くて狙うといっている犬がいたら、このようにお伝えください。あなたたちの神様が、赤ん坊のように弱いものに、立場の苦しいものに、慈悲深いと信じています。

 どうか、二本山の兵隊を狙わないでください。胸に赤い丸が付いているのが二本山の兵隊です。

 できたら、雨山の兵隊も狙わないでください。

 にいさんたち二本山の兵隊に、あなたたちのお手伝いをさせてください。てっぽうをさげて兵隊の服を着ていますが、こわがらないでください。にいさんたちはとても仕事熱心なので、きっとお役に立てると思います。

茨草の里犬と二本山の兵隊がいっしょに楽しく仕事をしているのを見たら、他の兵隊たちがてっぽうで茨草の人を脅しているのが、どんなに間違っているかみんな分かると思います。

 どうか、くれぐれもよろしくお願いします。茨草の人たちが一刻も早く、安心して楽しく暮らせる日がくるよう、陰ながら祈っています。どうぞ、体に気をつけて、お元気で。

                    二本山の里犬より。」

 弟犬は何度も何度も手紙を読み直し、なんだか勝手なことを書いているかもしれない、と思いながらも、茨草の人が聞き入れてくれますように、と祈って封筒に入れて、茨草の里へ行く親切な山ガラスにお願いすることにしました。

 (もしかしたら、雨山の兵隊が山ガラスを鉄砲で試し撃ちするかもしれない、ああ、どうかこの手紙が、茨草と二本山が互いに憎しみ会うようなことにならないうちに、茨草の里へ届きますように・・・・・)

 そう考えながら、弟犬は泣きはらして熱くなった目をようやく閉じて、彼の神様に心で静かに祈りながら、やっと眠りに付いたのでした。


(2003年12月。文面一部修正。ところどころ勝手に改行した)

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